CAPSシンポジウム 3/3 「食行動やにおいに関わる感情 -nature-nurture問題の新たな地平を探る」・報告

CAPSシンポジウム:食行動やにおいに関わる感情 -nature-nurture問題の新たな地平を探る

(以下,敬称略)

日時:2017年3月3日(金)15:30-17:30
場所:関西学院大学上ケ原キャンパス F号館1階102号教室

企画者:
鈴木まや(関西学院大学応用心理科学研究センター 客員研究員)
大竹恵子(関西学院大学文学部教授・応用心理科学研究センター センター副長)

企画概要:
食行動や、味嗅覚の知覚は、感情と深いつながりがあると考えられており、基礎研究から産業応用まで、多くの研究者の興味を集めている。しかしながら、味やにおいの好みは、生得的なものもあれば、経験によって後天的に形成されるものもあり、研究者の興味によってどちらかの側面を強調したアプローチになりがちである。このシンポジウムでは、食行動やにおいに関わる感情に関し、興味深い研究例をご紹介いただき、現時点での本研究領域での知見を共有し、議論を深めることを目的としている。それを通して、nature vs. nurtureという対立構造を超えた新たな研究の可能性を模索する一助となることを期待している。

話題提供者(シンポジスト)1:
松嵜直幸(サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社 研究員
関西学院大学応用心理科学研究センター 客員研究員)
「香りの認識と違和感について」

話題提供者(シンポジスト)2:
井上和哉(産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センター 特別研究員)
「視覚刺激による感性満腹感」

話題提供者(シンポジスト)3:
綾部早穂(筑波大学人間系(心理学域) 教授)
「においの快不快について」

指定討論者:
島井哲志(関西福祉科学大学 教授)

司会者:
鈴木まや(関西学院大学応用心理科学研究センター 客員研究員)

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため鈴木まや(maya [at] kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

※ポスターはこちら

報告:

本シンポジウムでは、食行動やにおいの知覚と感情のつながりについて、3名の話者から話題提供があった。

松嵜直幸先生からは、企業における商品開発への応用という視点から、香りの評価方法として消費者の感じる違和感を利用した評定法をご提案いただいた。
商品の香りを評価する場合、香り評価の専門家によるQDAを用いることが多い。商品開発などの場面では一般消費者の評価を知ることも重要であるが、QDAなどの手法は消費者にとって難しい。そこで、一般消費者でも実施可能な香りの評価手法として、香りとラベルの違和感評定の実用性について検討した。大学生や大学職員を対象に、2種類の緑茶香料を提示した結果、茶葉から抽出した香料は合成香料よりも違和感が少ないと捉えられていることがわかった。消費者にとっての香りの違和感とは、典型的な香りと商品プロトタイプの香りの距離であり、コンセプトがあれば伝わり方の指標として利用可能であると考える。
また、飲酒時の違和感や酔い感について報告いただいた。今後の課題としては、美味しさ評価に脳計測を応用することで個人差と商品の差を分離して評価することなどが挙げられた。

井上和哉先生からは、視覚刺激による感性満腹感の生起に影響する要因についてお話しいただいた。
食物の画像を長時間観察したり、食物の摂取をイメージしたりするだけで、その食物に対する摂取欲が低下することが報告されている。しかし、このような視覚的な感性満腹感の生起にどのような要因が必要かは十分に明らかにされていない。本研究では、刺激への好意度が変化するためには注意を向けることが重要であると考え、視覚的な感性満腹感に対する食物画像への注意の効果を検討した。動画観察課題において、注意群には動画上の手が食物をつかむ際に、非注意群には動画上に特定の文字が出現した際にキー押し反応を求めたところ、注意群においてのみ、動画に出てこない食物の「食べたさ」が上昇することがわかった。この結果は、動画観察時の食物への注意によって、その食物に対する感性満腹感が生起していることを相対的に示していると言える。
このような感性満腹感生起メカニズムとして、報酬系の馴化に対する注意の影響が挙げられた。また、偏食の改善など、応用可能性について議論が行われた。

綾部早穂先生からは、においに対する快や不快の形成について、natureおよびnurture両視点からの研究例を多数ご紹介いただいた。
においの快不快は、先天的かつ後天的に獲得される。幼少期はにおいの意味的表象が未成熟で、生得的に不快であろうと想定される物理化学特性を持つにおいを不快と感じやすいが、成長とともにその意味的表象が形成されると、物理化学特性に基づく快不快の差が小さくなる。一方高齢期では、意味的表象へのアクセスが困難になるため、再び生得的なにおいの特性が優勢になることが示唆されている。また、実験においてバラの香りと糞便臭のする2つの環境を設定したところ、9~12歳児や成人はバラの香りの方をより好むが、2歳児においては2つの環境に対する差が見られないことから、これらの快不快については後天的に学習するものであると考えられる。日独の文化間研究においては、それぞれの文化に典型的なにおいについて好ましく評定するといった結果が示されたことからも、特に成人においてにおいの知覚は後天的な要因や文脈の影響が大きいことがわかる。このようなメカニズムの一つに、日常的な接触の影響が挙げられる。実験において参加者に1か月間親近性のないフレーバー茶を毎日摂取させると、その後茶のにおいを明確に同定し、好ましく感じるようになるといった結果から、経験がにおいの知覚を変化させることが示されたと言える。
その他、胎児期や新生児期に摂取した食物が後の食物の好みに影響することを示した研究をご紹介いただいた。また、動物における嗅覚神経系の可塑性などについて議論が行われた。

指定討論者である島井哲志先生からは、これらの話題提供に対して、健康心理学的観点から健康な食行動の促進に関するコメントをいたただいた。健康になるために特定の食品を意識的に摂取するのではなく、潜在的なレベルへの働きかけによって特定の食品を好んで摂取するようになり、結果として健康が促進されるといったことは可能か、という質問をいただいた。この質問に対して、松嵜先生からは、アルコール依存にならないような酒商品の開発の可能性や、アルコール依存症への理解を深める必要性についてお話があった。井上先生からは、感性満腹感を生起させるゲーム課題によって摂食量を潜在的に変化させられる可能性がある一方で、今回報告した結果からは現実的には潜在的な効果を出すことが難しい可能性もあるとご返答があった。綾部先生からは、母親の妊娠期から食行動への介入を行うことで、子どもの食行動に潜在的な影響を与えられるのではないかとご返答があった。

参加者36名
(文責:植田瑞穂)