講演者: 平 伸二先生(福山大学 人間文化学部)
日 時: 2017年8月1日(火) 13:30~15:00(延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス (F号館 304教室)
要旨:一般に,犯罪を実行した場合,犯人には情動の変化が認められる。そして,取調べに対してウソをつく場合も,ウソの返答による葛藤から情動の変化が認められる。ポリグラフ検査は,呼吸・皮膚電気活動・心拍などの末梢神経系活動を指標として,このようなウソに伴う情動変化を捉えていると信じられている。しかし,犯罪捜査で使用されているポリグラフ検査は,このような「ウソ」を直接的に捉えてはいない。実際には,犯人のみが知っている情報を隠し持っているかどうかを判定している。その検査方法は,隠匿情報検査(concealed information test: CIT)と呼ばれている。まず,犯罪捜査におけるCITの実際を紹介する。一方で,CITは情報検出に基づき,犯人の記憶を判定対象としているため,1980年代後半からは,事象関連電位を指標としたCITが国内外で検討されてきた。特に,P300は有意味な刺激に対する情報処理を反映するため,国内外ですでに多くの論文が掲載され,その有効性が認められている。P300によるCITに関しては,私自身の研究も含めて具体的に紹介する。
近年,CITの一種として,検査時点では捜査側が把握できていない事実について,被検査者の記憶の中を探索的に検討するsearching CITが,多くの問題の解決に利用できると期待されている。たとえば,国際テロ及び組織犯罪の未然防止として,リーダーや実行犯の特定や次のターゲットの特定への応用である。今年度からスタートさせ,世界各国の研究者とも共同する研究の構想を紹介し,今までに日本が直面してこなかった国際テロに対する心理学からの貢献について議論できれば幸いである。
2019年にラグビーワールドカップ大会,2020年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される。両大会は,国際的な注目度の極めて高いイベントであり,これらの機会を狙った国際テロ,特にソフトターゲットテロの危険にわれわれは直面しているのである。
報告:本発表では,犯罪捜査における事象関連電位 (event-related potential: ERP) の指標を用いた隠匿情報検査 (concealed information test: CIT) の利用方法や国内外の研究成果が紹介された。さらに,本邦は2019年にラグビーワールドカップ大会,2020年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を控えており,これらの機会を狙った国際テロ及び組織犯罪の未然防止にもCITの応用を目指していることが報告された。
本邦でのポリグラフ検査では,心拍や皮膚電気活動,呼吸,脈波,規準化脈波容積等の末梢神経系の指標の測定が行われている。加えて,1980年代後半ごろからは,ERPを指標とした虚偽検出の研究が行なわれてきた。特にP300やCNV,N400は虚偽検出において有効な指標であるとされ,それらを検討した科学論文が国内外で発表されている。
虚偽検出には,大きく分けて直接的質問法と間接的質問法の二つの方法がある。直接的質問法の一種である対照質問法 (control question test: CQT) では,直接的 (例えば,「あなたは〇〇を盗みましたか」) に質問された時の生理反応と,その質問と同程度の内容を質問された時の生理反応を比較する。一方,間接的質問法である,CIT(あるいは有罪知識質問法 (guilty knowledge test: GKT),緊張最高点検査 (peak of tension test: POT))では,犯罪事実についての認識の有無を判定する。犯罪に関連した質問 (裁決項目) と犯罪には関連していない類似した質問 (非裁決項目) を行ない,両者に対する生理反応を比較する。無実の者は,裁決項目と非裁決項目ともに同等に認知する一方で,事件の関係者は裁決項目に対して有意味な情報認知を行うため,裁決項目に特異的な生理反応を示すことが予測される。また,CITは,false positive errorが少ないことや刺激の統制が容易でもある。
CITの指標としてERPの研究が増えてきた理由に触れるとともに,特にCITと標準オッドボール課題の刺激構成の類似性からP300が有効な指標であることが示された。そして,自身の研究として,犯罪捜査では事件発生から検査実施までの期間が1ヶ月を超える例が半数以上あることから,模擬窃盗課題実施直後,1ヶ月後,1年後と3回検査して,いずれの期間においても裁決項目に対するP300振幅は非裁決項目より増大することを明らかにした実験が紹介された。この他,被検査者の負担軽減のための刺激呈示回数の減少,被検査者の妨害工作の検出,聴覚刺激と聴覚刺激の同時呈示法の有効性など,実際の犯罪捜査に応用されるための基礎的研究が紹介された。
また,近年,CITの一種として,検査時点では捜査側が把握できていない事実について,被検査者の記憶を探索的に検討するsearching CITが注目されている。検査事例の紹介のなかでは,捜査側も事件に使用された凶器がわからない状態で,候補に挙げられていた凶器について質問を行うと,事件の犯人は実際に事件に使用されていた凶器においてのみ,特異的な生理反応を示していたことが報告された。
これらのことに加えて,犯罪捜査から生まれたCITは,医療や産業領域にも応用されている。さらに,軍事施設や政府組織ではなく,警備や監視が手薄で攻撃されやすい標的や民間人,民間車両,民間の建物を狙う,ソフトターゲットテロの未然防止にもCITの利用ができると期待されており,実務に向けた基礎的研究が現在行なわれている。国際テロについては世界全体が警戒しており,この問題について心理学者は未然防止を通じて世界平和に貢献していく必要性があることが論じられた。特に,本邦は,2019年にラグビーワールドカップ大会,2020年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されるため,これらの機会を狙った国際テロ,特にソフトターゲットテロの脅威に直面していることが報告された。
このように,本発表では,犯罪捜査におけるCITの紹介や国際テロの未然防止に向けた応用についてご発表をいただいた。CITの検査内容や応用可能性についてフロアと活発な議論も行われ,盛会にて終了した。
(文責:小國龍治)