CAPS講演会 10/23 川口潤先生(名古屋大学大学院情報学研究科)・報告

 

日時:10月23日(月) 15:10〜16:40(延長する場合があります)
会場:図書館ホール
講演者:川口潤先生(名古屋大学大学院情報学研究科・教授)

タイトル:エピソード記憶とノスタルジア:なつかしい記憶を思い出すことにはどのような意味があるのか?

要旨:ノスタルジア(なつかしさ)に関する心理学研究は最近10年間の間に急速に増えてきた。今回の発表では,まず,最近のノスタルジア研究を,主としてその機能に着目しながら紹介する。続いて,ノスタルジアを感じる自己の体験を想起することの心理的働きを,最近のエピソード記憶理論や概念を踏まえながら考える。ノスタルジアに関する研究は,これまでに扱われてきた分野だけでなく,様々な領域と関連があるとともに現実場面への関わりも深い。このような視点から,今後の研究への期待についてものべてみたい。

報告:本講演では「昔のことを思い出すとはどういうことか?」そして,「なつかしさとは何か?」という問いを中心的な関心とし,それに関する様々な知見を紹介した。昔のことを思い出すことには,エピソード記憶の想起だと捉えられるが,このようなエピソード記憶となつかしさは強く関連するため,両者を取り上げる。エピソード記憶はヒトが持つ認知機能のコアの1つであり,ヒト特有(動物においてはエピソード様記憶)だとされている。エピソード記憶の想起には,メンタルタイムトラベル(心的時間旅行)と表現されるような出来事の再体験感を伴うとされる。このようなメンタルタイムトラベルの背景には,様々な要素を1つのシーンとして統合するという海馬の機能が関わっていると考えられており,近年は過去方向だけではなく未来方向(エピソード的未来思考)に対して可能だとされている。

このような強い再体験感は,なつかしさ(ノスタルジア)とエピソード記憶の大きな共通点である。なつかしさを伴う記憶の想起の特徴として,想起された内容が詳細であること,想起された内容を再体験する感覚,複合感情などを伴うことが挙げられる。また,なつかしさはポジティブ・ネガティブの両者の複合的性質を持つとされ,文化を越えた1つの感情として捉えられている。なつかしさには,個人的なつかしさと社会的なつかしさの2種類があり,前者は自身の体験に基づくなつかしさであり,後者は体験したことはないがなつかしく感じるものである。なつかしさの一般的特徴として,週1回程度の頻度で経験され,人物に関わる出来事が多い,ネガティブ気分がそのキッカケとなり,気分の変化が生じるという点が明らかになっている。

さらに,再体験感や知覚的・空間的な詳細さなどというなつかしい記憶の現象学的特徴を検討したところ,なつかしい記憶(約9年前の出来事)の想起は日常的な記憶(1週間前の出来事)の想起と比べて,再体験感が強いことが明らかになった。知覚的・空間的な鮮明さには,両者に差はなかったが約9年前の出来事が1週間前と同程度の鮮明さであるという点は特徴的であった。さらに,このなつかしさを感じる速度は,一般的な自伝的記憶の想起もよりも早く,想起意識を伴わない急速な喚起がなつかしさの特徴であると言える。

なつかしさの機能についても検討を行っており,なつかしさの喚起が擬人化の促進や義務論的判断の促進することを示すという知見もあり,なつかしさが広範な領域に対して影響を与えると考えられている。さらに,なつかしさがwell-beingに与える影響を調べた。大学生を対象に1週間の間,なつかしい出来事を反復して想起することが1週間後(ポスト)と2週間後(フォローアップ)のそれぞれで主観的幸福感を高めることを明らかにした。さらに,現在は高齢者を対象として同様の検討を実施しており,大学生と同様になつかしい記憶を反復して想起することが主観的幸福感を高めると考えられる。

このように,本講演では,なつかしさの持つ個々の特徴や機能を最新の知見を交えてご紹介頂いただけでなく,それらを基礎とし,記憶システムや意識の詳細に統合的に迫る内容であった。フロアとの有意義な質疑応答が交わされ,盛会にて終了した。

(文責:小林正法)

参加者:21名