日時:5月31日(木) 16:50〜18:20
会場:関西学院大学上ケ原キャンパス(F号館 305教室)
講演者:鹿子木康弘先生(追手門学院大学・准教授)
タイトル:発達早期の社会的認知―他者理解,道徳判断,社会的学習―
ヒトは社会的動物であるがゆえに,発達の初期からさまざまな社会的認知能力が備わっている。例えば,生後間もない乳児でさえ,他者を他者として理解するための構成要素である,他者の顔,表情,視線,動きを認知する能力を持つ。本講演では,講演者が行ってきた発達早期の社会的認知発達研究を紹介する。具体的には,まず,各構成要素の認知を超えた,より包括的で抽象的な他者理解といえる行為者の認知(他者の行為理解)に関する知見を紹介する。次に,他者の行為理解といった行為そのものの理解を超えて,その行為の社会的な文脈での意味や価値を問う,他者の行為の道徳判断に関する研究を紹介する。最後に,時間があれば,社会的認知能力に基づく乳児の学習に関する知見も紹介し,発達早期における社会的認知能力の全容を浮き彫りにしたい。
報告:本発表では,発達早期の社会的認知能力に関する研究成果が紹介された。
はじめに,発達早期における他者の行為理解に関する研究成果をご紹介いただいた。鹿子木先生らは,生後4-10ヶ月児と成人を対象に,他者の行為理解能力 (行為目標を予測する能力) と,乳児の把持行為の発達について検討を行った。その結果,把持行為ができなかった4ヶ月児は他者の行為理解ができなかったのに対して,把持行為ができた6ヶ月以上の乳児は,その行為と対応する他者の行為目標を予測することが明らかになった。このことから,乳児の運動能力と他者の行為理解能力には対応関係があることが示唆された。これらの研究知見から,他者理解の発達メカニズムの背景には,ミラーニューロンシステムのダイレクトマッチング (他者の行為と自身の運動表象をマッチングさせる過程) が関与していることが示唆された。
これらの研究知見に加えて,発達早期の道徳判断・向社会性に関する研究成果の報告もいただいた。鹿子木先生らは,発達初期 (10ヶ月児) の乳児が苦境にある他者に対して原始的な同情的態度をとることを明らかにした。この実験では,幾何学図形のアニメーションを用いて,乳児に攻撃者と犠牲者の相互作用を観察させ,その後,その図形 (攻撃者と犠牲者) の実物を提示し,それらの物体への選択的な接近行為 (把持行為) を測定した。その結果,乳児は,攻撃者の図形よりも,犠牲者の図形に対して選択的な接近行為を行うことが示された。また,こうした選択的な反応は,攻撃者と犠牲者の間に相互作用がない場合には見られなかった。こうした犠牲者に対する選択的な接近行為は,その後の成熟した同情や援助行動の基盤となっていることが考えられる。
さらに,鹿子木先生らが行った,乳児 (6ヶ月児) の正義感に関する研究では,前述した攻撃者と犠牲者の相互作用に対して,第三者がその相互作用に介入する図形と介入しない図形の行為を観察させ,その後,介入を行った図形と介入を行わなかった図形の実物を提示し,それらの物体への選択的な接近行為 (把持行為) を測定した。その結果,乳児は,攻撃を止めなかった図形よりも,攻撃を止めた図形に対して選択的な接近行為を行うことが示された。また,後続の実験では,乳児が図形同士の物理的な衝突を嫌がっていた可能性を排除するために,目のついていない攻撃者と犠牲者の図形を使用した実験を行った結果,図形に対する接近行動はみられなかった。また,攻撃者と犠牲者の相互作用を中立的なものにしても (攻撃するのではなく,追いかけっこをしているような状況),介入を行った図形と介入を行わなかった図形への選択的反応に違いは見られなくなった。これらの実験に加えて,期待に反する行為 (第三者の図形が攻撃者ではなく犠牲者を攻撃する) をする図形を見せる方法 (期待違反法) を用いた実験を行った結果,攻撃相互作用に介入した第三者の図形に、二つの価値(攻撃者をくじき、弱者を助ける)を付与していることが明らかにされた。また,6ヶ月児と10ヶ月児を対象に介入の意図に関する実験を行った結果,10ヶ月児は他者を助けようとする意図によって選択的な接近行為 (把持行為) を行うが,6ヶ月児はそれができないことを明らかにした。これら一連の結果から,ヒトは発達早期から正義を肯定する傾向を有している可能性があることを示した。
本発表では,発達早期における社会的認知能力の研究知見を幅広く紹介していただき,フロアからは実験手続きや乳児の微細運動の発達に関する活発な議論が交わされ,盛会にて終了した。
(文責:小國龍治)
参加者22名