講演者: 木村 健太 先生(産業技術総合研究所)
日 時: 2018年7月12日(木) 16:50~18:20
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館305号教室
タイトル:それは誰の責任か?-集団行動における行動モニタリング-
要旨:
私たちは、友人とご飯を食べに行くことや会社で与えられた作業をこなすことまで、日常的に集団の一員として行動します。このような社会的状況においては、他の集団メンバーとの相互作用により私たち個人の選択や行動は必ずしも直接的に集団行動へ反映されるわけではありません。たとえば、自分の意見とは異なる意見が集団の意見として採択された場合には、私たちは自分の意図に反した行動を取らなければいけません。このような状況において、私たちは自分、そして集団の行動をどのように監視、評価しているのでしょうか。
本研究会では、集団行動時の行動モニタリングに焦点を当てた一連の研究結果を報告します。報告の中では、集団意思決定や集団で協力する文脈といったさまざまな種類の集団行動がどのように行動モニタリングに影響を及ぼすのかを議論します。加えて、集団行動における他者との意見の相違の評価について検討した研究例も報告します。最終的には一連の研究結果をまとめ、集団行動における行動モニタリングの変容をもたらす心理生物学的メカニズムについて議論できればと思います。
報告:
本研究会では、木村健太先生から、集団行動における行動モニタリングの心理生理学研究について、ご発表いただいた。ヒトは生まれてから死ぬまで他者と共に生き、社会的集団を形成する。集団を形成することで、一人では成しえない目標を作業を分担して達成できるようになったが、一方で社会的集団には、社会的手抜き・集団の極性化・社会的同調・責任の分散といった問題も存在する。そして集団の中でヒトがどのように行動するのか、またその行動の背景にある心理的プロセスはなにか、未だ解明されていないことも多い。
木村先生はこうした問題に挑むにあたり、行動モニタリングという心理機能に注目して研究を進められてきた。行動モニタリングに注目した理由として、(1)まずこの機能が、我々が感じる責任感や主体感のベースであると考えられること、(2)また行動モニタリング自体は、フィードバック関連陰性電位(FRN)と呼ばれる事象関連脳電位成分を指標とした知見の蓄積があること、という背景がある。FRNは行動の結果を評価する心理プロセスを反映し、エラーなどネガティブな結果を認知した場合、陰性に増大する。本研究会では、集団で課題を行う状況において社会的文脈が結果の評価にどのような心理的影響を及ぼすのか、主にFRNを指標として検討した5つの研究についてご報告いただいた。研究1から4では複数人で参加するギャンブリング課題が、研究5では2人で同じ知覚判断課題を行うという課題状況が用いられた。
まず研究1では、結果を集団で共有することと、社会的関係性(協力関係の有無)という2つの要因が、結果を評価する心理プロセスにどのような影響を及ぼすのか検討がなされた。この実験では、選択の一致性(全員一致・自分が多数派に含まれる・自分が少数派に含まれる)と結果(報酬を獲得・損失)が操作された。結果、協力関係にある場合に、FRN振幅は選択が全員一致した際に最も小さくなった。そしてこのFRN振幅変動の背景として、報酬を損失した場合でなく獲得した際の変動が関わっていたことがわかった。これらの結果から、協力関係にある場合、集団全体で結果を共有することを実験参加者らは嬉しいと感じていたことが示唆された。
研究2では集団的意思決定、すなわち自分の意志と一致しない多数派の決定に従う場合の検討がなされ、研究3では集団のリーダーの決定に従う場合の検討がなされた。研究2の結果、報酬を損失した場合においてのみFRN振幅は変動し、その変動は、自分の選択が多数派に所属する場合において最も顕著に見られた。この結果は集団意思決定への責任感を反映していると考えられる。また研究3の結果から、自分が集団のリーダーである場合、その他のメンバーと同じ選択をした際において、報酬損失時のFRN振幅が減少した。このことは、他のメンバーと一致した選択をした際にリーダーの責任感(罪悪感)が減少したことを示唆している。このように研究2・3から、集団内の社会的関係性により、結果の評価は柔軟に変化することが明らかになった。
また研究4では集団間が競争状態にある場合の検討がなされた。競争関係にある他集団が報酬を獲得した場合にFRNが生じることがわかり、このことは競争場面での他集団の良い結果を自身の集団にとって悪い結果であると評価していることが示唆された。また研究5では、2人の参加者が同じ知覚的判断課題を行う際、回答における意見の対立がどのように心理的に評価されるのか検討がなされた。結果、知覚判断課題の難易度に関わらずFRNは意見が不一致の際生じたが、そのあとに続くP300では、意見の一致・不一致の振幅差は課題が簡単な場合でしか生じなかった。これらの結果は、FRNは意見の一致・不一致を自動的に判断する認知プロセスを反映しており、P300は他者の回答に対する予測と、現実とのズレを反映していることを示唆し、2つの異なる評価プロセスが存在することを意味する。
このように、実験室内で社会的集団を再現し、その中で社会的文脈を操作することで、ヒトは文脈の違いにより結果の評価を柔軟に変えていることが明らかになった。上記の通り、社会的集団形成・維持には社会的手抜き・責任の分散などの問題が発生するが、その原因の解明と解決に向けて、本研究の知見は大きな意義を持つと考えられる。研究会ではフロアからも多くの質問があり、活発な議論が行われた。
文責:真田原行
参加者:22名