第30回CAPS研究会 10/30 木村 元洋 先生(産業技術総合研究所)・報告

講演者: 木村 元洋 先生 (産業技術総合研究所・主任研究員)

日 時: 2018年10月30日(火) 16:50~18:20
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館306号教室

タイトル:
生理計測を用いた自動車ドライバーの心的状態評価

要旨:
実作業場面における作業者の心的状態を評価することは、人間に適合した製品やサービスを開発する上でとても重要です。これまで、発表者が所属する産業技術総合研究所・自動車ヒューマンファクター研究センターでは、運転中のドライバーの心的状態を客観的かつ多面的に評価することを目的として、主観指標(質問紙やアンケート)や行動指標(視認行動や運転行動)に加え、生理指標(脳波や眼電図)を組み合わせた評価技術の開発を進めてきました。

生理指標の中で、私たちが特に力を入れて取り組んできたのが、脳波を加算平均して得られる事象関連電位の活用です。特に、運転中のドライバーに運転とは関係のない音を呈示し、音のオンセットを基準時点として聴覚誘発電位を計測する方法(課題非関連プローブ法)や、運転中のドライバーのサッケード眼球運動の終了時点を基準時点として視覚誘発電位(眼球停留関連電位)を計測する方法は、ドライバーの注意状態を評価する上で非常に有効であることがわかってきました。

本発表では、ドライビングシミュレータやテストコースでの実験を通して進めてきた評価技術開発の経緯や、これらの評価技術を用いた民間企業(主に自動車メーカー)との共同研究の事例を紹介します。その中で、作業者の心的状態評価における生理計測の意義(主観指標や行動指標に加え、生理指標を計測する意義はどこにあるのか)や、民間企業と共同研究を進める上で私たちが大切にしていること(どうしたら研究者は民間企業とうまくつきあっていけそうか)、について議論したいと考えています。

◯参加に際し、文学部・総合心理科学、文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は、教室変更時などのお知らせのため、真田(msanada[at]kwansei.ac.jp)まで、ご一報いただきますと幸いです(必須ではありません)。

 

報告 : 本研究会では,自動車ドライバーの心的状態を生理計測から評価する取り組みをご発表頂いた。

事象関連電位(ERP; event-related potential)の研究は多くの場合実験室内で行われている。現実的な場面ではERPを算出するために必要となる反復的で客観的な事象が存在しないことも多く,応用への道のりには壁がある。本研究会では,外部で発生させた反復的な事象(例えば,呈示された音)や反復的に発生する生体反応(例えば,眼球停留)に注目し,現実的な場面における作業者の心的状態を捉えようとする取り組みをご発表頂いた。

木村先生の所属される産総研のチームは作業とは関係なく呈示された聴覚プローブ刺激に対するN1とP2の振幅が,それぞれ楽しい作業と難しい作業をしている時に減衰することを発見した。これらの現象は楽しい作業や難しい作業に従事する際は作業自体に対して割かれる注意資源が増大するため,作業とは無関係に呈示される聴覚刺激に配分される注意量が減少し,ERPの減衰に繋がると解釈された。他方,サッケード終了時点の眼球停留を基準に算出したERPにおけるP1の振幅は視覚的注意の低下によって減衰する。これらのERPの特徴的な振る舞いをモノサシとして,ワンペダル操作で自動車運転を行うドライバーや自動運転車に乗るドライバーの心的状態を評価した。

従来のツーペダル操作と新しい技術であるワンペダル操作中にそれぞれ脳波を記録し,運転とは無関係に呈示した音刺激に対して生じたN1とP2を比較したところ,ワンペダル操作時のN1は減衰し,P2は増大した。これらはワンペダル操作による運転が操作の難しさを低減し,楽しさによる集中状態を引き出すことを示唆している。また,操作終了後の主観的な評価においてもワンペダル操作が楽しいということが確認された。一方で,操作の困難さについては主観的な難しさとERPから推定される難しさに乖離があり,行動・主観・生理という3つの指標で多面的に物事を評価する意義が再確認された。また,助手席に乗る人物を自動運転車のドライバーと見なし生体反応を計測した実験からは,自身で運転操作をする場合に比べて自動運転ドライバーの覚醒度が大きく低下する可能性や取得している環境情報の違いが明らかになり,今後の課題が明らかになった。

最後に,木村先生が様々な企業との共同研究を通して培った経験をもとに,企業との研究の進め方についてお話しされた。まずは汎用性の高い実用的なモノサシを確立し,それを強みとして企業との接面を見出す,そして共同研究の中でそのモノサシをさらに精度の高いものへと洗練していくといったような,企業と研究者の双方にとって良い循環を形成することの重要性が強調された。

文責:石井

参加者:21人