CAPSシンポジウム 10/5 感情を考える―理論から応用まで―・報告

CAPSシンポジウム:感情を考える―理論から応用まで―
日時:2019年10月5日(土)13:00-15:00
場所:関西学院大学上ケ原キャンパス F号館102号教室

企画者:片山順一・大竹恵子・佐藤暢哉

企画趣旨: 本シンポジウムでは、ネガティブ感情、ポジティブ感情を含めて感情が持つ様々な機能や役割に着目しながら生起メカニズムの解明をめざして、感情の理論から応用研究の可能性を探る。

話題提供者(シンポジスト)1

大平 英樹 先生(名古屋大学大学院情報学研究科)

「内受容感覚の予測的符号化による感情と意思決定の創発」

脳の統一原理として優勢になりつつある予測的符号化(predictive coding)あるいは自由エネルギー原理(free energy principle)の理論では、全ての知覚は脳の生成モデルから出力される予測と感覚信号の差分、つまり予測誤差(prediction error)を最小化することにより創発されると考えられる。近年、この理論は身体内部の知覚である内受容感覚(interoception)にも適用されることにより、感情の創発にまで説明の射程を広げている。さらに、内受容感覚における予測誤差の縮小が、報酬に関する信号を形成するとも考えられている。ここに至り、脳、身体、感情、学習、意思決定を統一的に説明する視点が立ち上がる。ここでは、こうした理論を紹介し、脳・身体・行動を同時に計測する実験から得られた実証的知見を基に、その妥当性を考える。

 

話題提供者(シンポジスト)2

岡村 尚昌 先生(久留米大学高次脳疾患研究所)

「ポジティブな心理状態がストレスや心身の健康に与える影響」

近年,心身の健康やQOLに対するポジティブ感情の適応的役割が注目されており,well-beingや主観的幸福感などが高いポジティブな心理状態である個人ほど,精神的健康度およびQOLが高いことが明らかにされている。さらに筆者らは,ポジティブな心理的状態がメンタルストレス・テストに対する心理的・生理的反応を減弱し,基礎値への回復を促進することや,Well-Beingが高い人ほど寝入りまでの時間が短く,効率的に睡眠が取れ,メンタルヘルスが良好であることを報告してきた。そこで本シンポジウムでは,ポジィティブな心理状態とメンタルヘルスとの関係性について,健康-病気の結果を左右する重要な媒介要因と目される睡眠との関係も含めて,唾液中バイオマーカーなどを用いた筆者らの最近の取り組みを紹介する。

 

話題提供者(シンポジスト)3

筒井 健一郎 先生(東北大学大学院生命科学研究科)

「経頭蓋磁気刺激を用いた前頭連合野皮質の認知情動機能の解明」

前頭連合野は、大脳皮質において非常に大きな領域を占めていて、絶えず、感覚・記憶関連領域から情報を収集して分析するとともに、運動関連領域に対して指令を出して行動を制御しており、「脳の司令塔」といわれてきた。その一方で、前頭連合野内の領域構造や、領域間のマクロ的な神経ネットワークの動態について、未だに不明な点が多く、また、うつ病、統合失調症、自閉症など、主要な精神疾患や発達障害はいずれも前頭連合野の機能不全との関係が疑われているが、それらの病態については解明の途上である。講演者は最近、大脳皮質機能を調べるための新たな方法として、経頭蓋磁気刺激(TMS)に着目し、世界に先駆けて霊長類を用いた神経行動学的実験に導入した。TMSを用いて前頭連合野内の局所神経活動への介入を行い、行動への影響を調べる実験を広く展開し、前頭連合野の認知情動機能の動態について、様々な新しい知見を得るに至った。この講演では、それらの成果について概観するとともに、今後の研究の方向性について展望したい。

 

指定討論者

福島 宏器 先生(関西大学社会学部)

 

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため高橋良幸(fjq61112 [at] kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。
共催:日本感情心理学会 第14回(2019年度)セミナー

 

報告:

『感情を考える―理論から応用まで―』という題目でシンポジウムが開催された。シンポジウムには学内外から多くの方々にご参加いただき、盛況なものであった。

本研究センターでは、感情、特にポジティブ感情について、機能はどのようなものであるか?定義はどのようにされるか?ということを明らかにするために研究活動がなされてきた。本シンポジウムでは、ネガティブ感情、ポジティブ感情を含めて、感情が持つ機能や役割に着目しながら、生起メカニズムを解明するようなアプローチをなさってきた先生方にご登壇いただき、最新の知見も含めてご講演いただいた。

 

大平先生には、『内受容感覚の予測的符号化による感情と意思決定の創発』という題目でご講演いただいた。

これまで、「身体」を重視した感情理論はいくつか提案されてきているが、その中でも心理学的構成主義に基づいた研究成果をご紹介いただいた。心理学的構成主義においては、内受容感覚を介してモニタされた身体状態によって核心感情(コア・アフェクト)が形成される。コア・アフェクトが文脈や概念によってカテゴリー化されることで情動として自覚・表出される。この理論において、内受容感覚は生体が環境を報酬や罰といった情報として評価する際の基準として機能すると考えられる。この点に関して、血圧を内受容感覚の指標として意思決定場面において惹起される情動を計算論的モデルによって説明可能なことを大平先生は示されていた。大平先生はモデルの妥当性や意思決定に伴う主観的経験が本当に生じているのかについては今後も議論が必要であるとおっしゃっていたが、計算論的モデル、とりわけ予測符号化の枠組みを感情研究に適応することによって感情の新たな側面を発見することができるのではないだろうか。

 

岡村先生には『ポジティブな心理状態がストレスや心身の健康に与える影響』についてご講演いただいた。

その中でもWell-beingに着目し、その機能について示した研究成果をご紹介いただいた。ストレス研究においてはWell-beingの適応的な役割が注目されている。Well-beingはポジティブ感情の高さやネガティブ感情の低さという感情的要素と自分の生活に対してどれくらい満足しているかなどの側面であるHedonic Well-beingと、人生の意味の追求・実現,人生満足感や人格的成長などの側面であるEudaimonic Well-being、そしてそれ以外といったように大きく分けて3種類に分けることができる。岡村先生は唾液中に含まれる神経活性代謝産物や内分泌物質、心拍などの生理学的指標を用いて、特にEudaimonic Well-beingに着目し、その効果と生物学的反応過程についてご検討されていた。研究の結果、ポジティブな心理状態は急性ストレスに対する反応を減弱し、基礎値への回復を促進することを明らかにされていた。さらに、Eudaimonic Well-beingはHedonic Well-beingと比較して、より直接的に生理指標と関連してストレス状態を緩和することが示されていた。岡村先生の研究成果より、Well-beingについてはそのタイプによって作用機序が異なる可能性が示されているため、どのようにストレス状態に対して作用しているのかについては慎重に取り扱うべきではないだろうか。

 

筒井先生には『経頭蓋磁気刺激を用いた前頭連合野皮質の認知情動機能の解明』という題目でご講演いただいた。

Transcranial Magnetic Stimulation(TMS)は磁気を用いて、脳を局所的に刺激する技術である。刺激の周波数に応じて、標的領域の神経活動を促進あるいは抑制することが可能である(高頻度刺激で促進、低頻度刺激で抑制)。筒井先生はこの技術をマカクザルに用いてうつ病モデルを作成されていた。内側前頭葉の下部を標的として、20分間だけ抑制性の低頻度刺激を施すと、その後一日中、ケージの隅で膝を抱えて座り込んで動かなくなり、飼育者の呼びかけにも容易に応じなくなる。また、このとき、血中のコルチゾールのレベルも上昇する。さらにその効果はうつ病の治療薬とされるケタミンの投与によって消失する。また、易しい課題には取り組むが難しい課題には取り組まなくなるなど、いわゆるうつ病患者が示すようなモチベーションの低下も観察されるといったことなどから、うつ病モデルとしての妥当性を示されていた。ほかにも、競合的な条件下での猿の行動がTMSによって変化する(内側前頭葉の下部の抑制刺激で行動が消極化する一方、背外側前頭前野の促進刺激で行動が積極化する)ことなども示されており、TMSによる行動変化と、その神経メカニズムの検討について興味深い内容であった。

 

指定討論として福島先生にはそれぞれの登壇者の先生方に鋭いご質問をなされていた。さらに、すべての先生方に対して感情理論の限界についてどのように考えているのか、これから感情研究にはどのようなテクノロジーが開発されることを期待しているのかといったご質問をなさっていた。ご登壇いただいた先生それぞれのご回答は、先生方の研究スタンスが垣間見える興味深いものであった。

 

(文責:高橋良幸)