講演者: 松永昌宏先生 (愛知医科大学医学部衛生学講座)
日 時: 2016年4月5日(火) 13:30~15:30 (終了時間は目安です)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館305号教室
タイトル:何が私たちを幸せにしてくれるのか?―幸せになるための生理心理学―
要旨:
2014年の世界GDP(Gross Domestic Product: 国内総生産)ランキングにおいて日本は第3位となり,経済的にはとても裕福な国であることが分かります。しかしながら,2015年版世界幸福度報告(World Happiness Report 2015)によると日本の幸福度は第46位であり,世界的に見てとても幸福な国であるとは言えません。GDPが高くエネルギーに満ち溢れているはずの日本ですが, GDPの右上がり的な上昇とは対照的に国民の生活満足度は減少していることも国民生活白書が示しています。幸せに生きていきたいと願う気持ちは多くの人が持っていると思うのですが,今の日本では幸せにはなれないのでしょうか?幸せになるために,私たちは何をすればよいのでしょうか?
本研究会では,磁気共鳴画像装置(Magnetic Resonance Imaging: MRI)を用いた幸せを処理する脳内メカニズムに関する神経科学的研究,幸せ遺伝子を探索した分子生物学的研究,幸せの要因を探索した心理学的研究,幸せになるための心理学的介入研究などの私たちの研究成果をもとに,幸せになるための方法を探してみたいと思います。
報告:
幸せには相互に関連する2つの側面,すなわち一時的に体験される「幸せ感情」としての感情的な側面と,比較的長期にわたり安定して認知される「主観的幸福感」としての認知的な側面があることが知られている。本研究会では,こうした幸せの2つの側面と関連する脳領域を調べた神経科学的研究や,幸せに影響を及ぼす生得的・社会的要因に関する研究をご紹介いただき,ヒトの幸せとは何かについて活発な議論が行われた。
まず,認知的な幸福感と感情的な幸福感に関連する脳領域を同定して幸せに対する理解を深めることを目的に行われた神経科学的研究を紹介いただき,主観的幸福感が高い人ほど,前部帯状回の灰白質密度が高い(体積が大きい)こと,前部帯状回の体積はポジティブ刺激に対する感受性の高さと関連しており,主観的幸福感が高い人ほど幸せ感情を感じやすいことなどをご報告いただいた。続いて,幸せに影響を及ぼす要因を探索した研究を紹介していただいた。幸せと人間関係との関連について,他者の幸せが自分の幸せとなる可能性や,認知的評価モデルの観点から,ネガティブな社会的状況であっても自己がポジティブに評価することで主観的な幸せを増幅・持続させることが可能であることについてご報告いただいた。幸せと健康との関連について,ストレスは免疫細胞が産出する炎症物質を活性化させるが,主観的幸福感と血中の炎症物質濃度とは負の相関があり,日々の出来事を日誌として記述することや,恋人同士がハグをすることなどといった,幸福感を高めるような心理学的介入を行うことによって血中の炎症物質を減少させ,心身の健康状態を増進させる可能性があることをご報告いただいた。さらに,幸福感に関連する生得的要因について,主観的社会階層と精神的健康との関係をご紹介いただき,主観的社会階層が低い層に比べて高い層では幸福感が高く,自覚的うつ症状や炎症反応が低いことも示された。
幸せは生得的要因に規定される面もあるが,物事に対する捉え方をポジティブに考える行動や,脳機能を高めるようにトレーニングを行うことで後天的に幸福感を高めることも可能であり,心理学的介入やさらなる脳機能の解明について今後期待されることを含めてご報告いただき,有意義な研究会となった。感情喚起の手法や難しさ,幸せと脳機能との関連など疑問や考察を含めて教員や学生との活発な議論が行われた。
参加者39名
(文責:大森駿哉)