CAPS講演会 5/16 柏木惠子先生 (東京女子大学名誉教授)「人口問題と発達心理学—人間の生・発達・死—」・報告

柏木先生お写真

講演者: 柏木惠子先生 (東京女子大学名誉教授)
日 時: 2016年5月16日(月) 14:00~16:00 (終了時間は目安です)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス 文学部本館1号教室(文学部チャペル)
※開催場所が以前のご案内から変更になりました。ご注意ください。

タイトル:人口問題と発達心理学—人間の生・発達・死—

要旨:
最近、政治家もメディアも「少子高齢化」と事あるごとに言い、「問題だ」、「危機だ」と言われます。確かに、出生率は1.4と人口維持水準を下回り、寿命は男女とも世界一の水準ですから、「少子高齢化社会」であることは確かです。しかし,一体、何が問題なのでしょうか?危機なのでしょうか?
少子高齢化という人口動態的特徴は、日本人の生活を激変させ、その心理を揺るがせています。それは心理学とりわけ発達心理学の課題に他なりません。しかし、この問題を心理学は正面から取り上げてはいません。問題の本質に迫る研究も少ないのが現状です。
少子高齢化が問題であり危機であるのは、少子や長命という数の問題ではなく、なぜ少子になったのか。子どもの命の出自、子の誕生が人知を超えたものであったのが、今や人間の意思や技術による産物となったこと、つまり命の誕生の質的な変化転換こそ史上初の事態であり重要な問題です。この変化は親の子への愛情や教育的営為の質量を決定しています。また人類が長らく渇望してきた長命を日本は他国に先駆けて達成しましたが、それは必ずしも長寿ではありません。死は惜しまれるものとは限らず、待たれる死をも現出しています。
さらに少子高齢化は否応なくライフコースの激変をもたらし、アイデンティティを揺さぶり、従来の生き方の修正を男性にも女性にも迫っています。長らく日本の社会で当然視されてきたジェンダー規範「男は仕事・女は家庭」、それによる社会化の最適性は喪失し、歴史的時間的展望を踏まえた生き方の再構築が日本人に求められています.これは受動的な社会化を超えた自律的発達に他ならず、まさに生涯発達の問題です。
こうした人口の心理学の問題を実証研究を踏まえてお話したいと思います。

※ポスターはこちら(PDF形式)

報告:
 今回の講演会では、日本における人口動態的変化と人間の発達についてお話しいただいた。

 現代の日本社会における大きな特徴の一つとして「少子高齢化」が挙げられる。しかし、子どもの死亡率が大幅に減少していることを考えると、出生率の数値自体は大きな問題ではない。むしろ、生殖技術の進歩などにより、出産をある程度人為的に操作できることで、子どもの価値が質的に変化しているということが重要である。そもそも、子どもの価値は絶対的なものではなく、例えば日本をはじめとした先進国では、発展途上国と異なり経済的・実用的満足よりも精神的満足を子どもに求める。また、「子どもを産む理由」としては、以前と比べ、子どもの価値自体よりも個人や夫婦間の条件に依存したものが多くなってきている。現在の政府の少子化政策は、年金や労働力など子どもの経済的・実用的価値を求めるものであるが、これは人々の期待するものとは異なったものであるといえる。そしてこの食い違いこそが、現代社会において少子化が改善されない理由である。
 また、現代医療の発達により、特に日本においては長命化が進んでいるが、これは長期にわたる見通しのない介護にもつながるという点で、必ずしも幸せなことであるとは限らない。従来日本では、親による育児をのちに介護という形でフィードバックするという「世代間還流型」の仕組みによって資源が流れていたが、現在では親の扶養・介護期間の長期化に伴ってそれらを否定的に捉える割合が増加しており、この仕組みは社会に適合しているとは言いがたい。欧米で一般的である「世代完結型」の仕組みを含め、世代間における資源の流れをどのようにしていくのかということが大きな課題である。
 長命化がもたらしたライフコースの激変によって、女性はかつてのように母として・妻として一生を終えるだけではなくなり、一人の個人としての自分を重要視するようになってきている。特に育児に関しては「母の手で」という姿勢の最適性が崩壊しており、そのことは父親の育児参加が得られない母親や無職の母親の育児不安が高いという事実からも明らかである。それにもかかわらず、日本における男性の家事・育児・介護への参加時間は他国と比べ大幅に少ない。一方で、仕事へ従事する時間は圧倒的に長く、これは日本特有である「過労死」という現象にもつながっている。このように、長命化という人口動態的な変化が起こっているにも関わらず、これまでの社会で求められていた「男は仕事、女は家庭」というジェンダー規範を未だに実践していることにより、実質的にはそれが破たんし、大人の発達不全現象を引き起こしている。
 人間の発達は、社会がどのような能力を必要とするかによって決まる。しかし同時に、人間は将来展望に基づいて「なりたい自分」を実現するために自ら努力し、能動的に学習することが可能である。このような「社会化を超える発達」によって、時代を作っていくことが重要である。

 全体を通して、様々な視点からの実証的データを踏まえながらお話しいただき、大変有益な講演会となった。最後には、ご自身の経験に基づき、高等教育を受けた恩恵を我々が社会に返していく必要性を述べられ、ご講演を締めくくられた。

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参加者47名(うち教員6名)
(文責:植田瑞穂)