第14回CAPS研究会 11/30 池田功毅先生(中京大学・学振PD)・報告

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講演者: 池田功毅先生 (中京大学・学振PD)
日 時: 2016年11月30日(水) 15:10~16:40 (延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館306号教室

タイトル:なぜ福島産作物は避けられるのか?

要旨:
福島第一原発の事故から5年以上が経過した今もなお、福島県産作物に対して人々はネガティヴなイメージを持っていると思われる。どのような心理がそうした態度の背景にあるのか、本研究では大規模質問紙調査と実験研究を通じてそのメカニズムを検討した。結果として、原発、放射性物質、そして福島県産作物に対しては、他の種類のリスクと比較して特異的な反応パターンが確認された。第一に、当該リスクに関しては、ネガティヴな感情的反応が特異的に随伴しており、 “risk as feeling” 仮説と合致したパターンが見出された。第二に、当該リスクについては、あらゆる種類の情報ソースが信用されていないことも判明した。最後に、実験研究を通じて、こうしたネガティヴなイメージを減少させることが可能かどうかを検討したが、少なくとも感情制御や安全性に関する情報を追加するといった方法では、そうした効果が得られないことが分かった。

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方が事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため<真田原行>(msanada@kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

報告:

本研究会では池田功毅先生から、福島産農産物に対する風評被害を引き起こしている心理メカニズムのご研究について、ご紹介いただいた。

2011年3月11日、東日本大震災が発生し、そして津波が福島第一原子力発電所事故を引き起こした。この事故により放射性物質漏れが生じて以来、その近隣区域は未だ避難区域に指定されている。また福島産の農産物についても、放射性物質汚染の懸念から安全検査が実施されてきた。しかし安全基準を超えたものだけが出荷されているにも関わらず、福島ブランドに対する悪いイメージは現在も根強く残ったままである。

池田先生はこの大きな社会現象の背後に潜むメカニズムを解明し、そして風評被害を解決すべく、インターネットを用いた大規模質問紙調査と、実験室実験を実施されている。本研究会では、それらの研究内容についてご報告いただいた。

まず、インターネットによる大規模調査は、福島原発事故に対する印象の特殊性、そしてその原因を明らかにすべく実施された。この調査では、放射能関連の事故と放射能に関連のない事故(自動車・航空機事故)、それぞれに対するイメージ(態度)を網羅的に尋ねた。具体的には、それらが危険だと思うか、その事故に関する情報を信頼できるか、またそれらに対してどのような感情を抱くかなどである。

その結果、いくつかの興味深い結果が得られた。まず、多くの人々が「福島原発事故からの被曝が直接的な原因となって亡くなった・これから亡くなるだろう人数」を数十人以上と見積っていることが分かった。実際には誰一人として亡くなっていない(WHOなどの発表によれば)にも関わらずである。また、原発事故や放射性物質に関する情報の信頼性は、それがどのような出所であったとしても(親・友人からの情報であったとしても)信頼できないと示す傾向が見られた。この傾向は、放射能関連以外のリスクに対しては見られなかった。そして多変量解析の結果、この放射能関連の特殊なリスク認知では、それ以外のリスクと比較して、「恐れ」などの感情とより強く相関していることが示唆された。福島産農産物に対する風評被害も、このメカニズムによって生じている可能性がある。

そこで、感情反応と福島産農産物に対する過剰なリスク認知が相関しているのか、よりリアルな環境で確かめるため3つの実験室実験が実施された。これらの実験では、実験参加者に実際の農産物を食べてもらい、その直前に、それら農作物に対する感情反応・リスク認知の程度を測定した。まず実験1では、(1)福島原発に近い地域(南相馬)、(2)福島県内だが福島原発から遠い地域(会津)、(3)福島県外の地域(高知)の3か所で生産されたキュウリを実験参加者に呈示し、それらを食べたいと思うか、怖いか、リスクが大きいと思うか等を尋ねた。結果、福島原発に近い地域ほど感情的な反応が強く、かつリスクだと思う程度も大きかった。この結果は、やはり福島産農産物に対する過剰なリスク認知と、感情反応が強く相関している可能性を示唆する。

もし感情がリスク認知を引き起こす原因であるのならば、ネガティブ感情を抑制すればリスク認知の程度も下がると予想できるが、これを検証すべく実験2が行われた。実験2では、実験1と同様の地域で生産されたリンゴを参加者に呈示したうえで、感情抑制の分野でよく用いられる手法(「その食べ物がおいしいと想像してください」「このリンゴを食べれば農家の方が助かると思ってください」等教示する)を用いた。しかし感情反応・リスク認知の程度が感情抑制群・コントロール群で異なるという証拠は得られず、この手法に効果があるかどうかは不確定、という結果となった。そして実験3では、ガイガーカウンターを用いて農産物の放射線量を参加者の目の前で計測し、危険性がないという情報を示すことで感情ならびにリスク認知の抑制を試みた。しかしこの方法よっても感情・リスク認知抑制の効果は見られず、むしろ感情反応・リスク認知の程度が上がるという結果になった。これらの実験が示すのは、感情やリスク認知はトップダウンには変更しにくいということである。

それでは、もし感情反応がリスク認知と相関して働いているとして、その抑制・変更が困難である理由は何だろうか?感情反応とリスク認知が形成されるメカニズムとしては、評価的条件づけが働いている可能性があり、この評価的条件づけは古典的条件づけに比べて消去しにくいことが知られる。また、エラーマネージメント理論から考えれば、放射能関連のリスクに関しては、「環境に危険なものがないのにも関わらず危険だと判断してしまう場合(偽陽性・第1種の誤謬)」よりも、「危険なものがあるにも関わらず危険がないと判断してしまう場合(偽陰性・第2種の誤謬)」のコストが非常に大きい。それゆえに、福島産の農産物に対しても、「安全基準を満たしていたとしても、食べたくない」という極端な態度が生じている可能性がある。池田先生は、この評価的条件づけ・エラーマネージメント理論をベースとして、今後も福島産農産物に対する風評被害のメカニズムを検証していく予定とのことである。

池田先生の研究報告は、「我々が感情として内的に感じるものが、大きな社会現象や問題を実際に引き起こしている」可能性を具体的な事例の研究によって示すものであり、感情研究・心理学研究の重要性を改めて再認識させるものであった。

(文責:真田原行)

参加者:17名

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