第11回CAPS研究会 9/12 上野泰治先生(高千穂大学)・報告

上野泰治

講演者: 上野泰治先生 (高千穂大学)
日 時: 2016年9月12日(月) 15:10~16:40 (延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス ハミル館ホール

タイトル:感情が認知成績に及ぼす影響とその加齢的変化:計算機モデルを用いて

要旨:情動を強く喚起するような体験を受けると、記憶や物体認識などの認知成績に双方向性の影響を及ぼすことが知られています。具体的には、情動体験時に優先的に処理していた情報(goal-relevant/high priority information)に関する認知成績は上がる一方、情動体験時に優先的に処理されていなかった情報(goal-irrelevant/low-priority information)については、その認知成績が下がることが知られています(Sakaki et al., 2011 Psych Sci)。この感情経験の双方向性効果を説明する理論は長らく提案されていませんでしたが、最近、Mather et al.(2015, Behav Brain Sci)では、この現象を脳レベルで説明するために、GANE (Glutamate Amplifies Noradrenergic Effects)理論を提唱しました。このGANE理論は、グルタミン、ノルアドレナリン、GABAといった神経伝達物質の相互作用によって、感情の認知成績への影響を説明する神経科学理論です。本研究では、GANE理論で仮定されている神経科学メカニズムをコンピューターモデルへと実装し、人間の認知成績をシミュレートすることを試みてきました。また、加齢によって起きるとわかっている神経伝達物質の働きの変化をモデルに反映させることで、高齢者の認知成績をシミュレートすることも試みてきました。今回の発表では、このシミュレーション研究について発表させて頂き、皆様と議論させて頂けましたら幸いです。

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方は事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが,場所・時間変更などがあった場合の連絡のため,小林(mkobayashi[at]kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

 

報告:

感情を扱う心理学研究には,刺激特性として感情を扱うタイプの研究と情動覚醒などの感情状態を扱うタイプの研究がある。前者はニュートラル刺激と比較し,ネガティブ・ポジティブ刺激に対する認知過程(注意,記憶など)が異なるのかを調べ,後者はニュートラル刺激に対する認知過程に感情状態がどのような影響を与えるかを調べる。これまでの後者の研究では,凶器注目効果に代表されるように,情動覚醒がある状態(情動覚醒が高い状態)において,特定の刺激(例. 犯人の顔)が処理されにくいとされてきた。

しかしながら,情動覚醒が課題成績を高める場合も存在する。この点に関し,本発表では、Mather et al.(2015)の神経科学モデルの説明と共に、それを支持するデータとモデリング結果を発表した。その神経科学モデルとは、「顕著性が高い刺激に特異的に情動覚醒による記憶・認知の正の影響を与える」と予測するものであり、その神経科学的基盤は以下の通りである。情動覚醒時に十分に賦活していた神経活動はその活動が促進され,その一方で十分に賦活していなかった神経活動はその活動が抑制されるというものである。この仮説は,対応する神経伝達物質を加味し,Glutamate Amplifies Noradrenergic Effects (GANE)モデルとしてモデル化された。GANEモデルは,情動覚醒に伴うグルタミンの放出を契機とした,ノルアドレナリンの増大による神経活動の促進とGABAによる(他の神経活動の)抑制によって,情動覚醒による認知処理の促進を説明する。このGANEモデルが支持されるかどうかを、実験的アプローチ、及びシミュレーションアプローチによって検証した。

例えば、心理学アプローチとしては,情動覚醒が記憶・認知成績に与える影響を顕著性を操作することで検討された。一連の実験の結果,情動覚醒の誘導が顕著性の高い刺激の記憶成績を高め,顕著性の低い刺激の記憶成績が低くすることが明らかになった。加えて,情動覚醒の誘導を刺激の処理の前に行った場合でも,処理の後でも行った場合でも,顕著性の高い刺激の記憶成績が上昇することが示された。この結果は,情動覚醒が顕著性の高い刺激の処理を促進するという仮説を支持した。

そして,シミュレーションアプローチとして,GANEモデルをニューラルネットによってモデリングした。モデリングにおいては,GANEモデルで仮定されている,情動覚醒に伴うノルアドレナリンによる促進とGABAによる抑制をユニットの活性化関数に組み込んだ。シミュレーションの結果,GANEモデルのモデリングによって実データを再現できることを確認した。そして,このシミュレーションから理論的に導かれる実験仮説について紹介された。例えば、GABAによる抑制の働きが弱いとされる高齢者を対象とした場合、理論的に抑制効果が見られなくなることを、このモデルが予測することが説明された。

このように,GANEモデルの妥当性が、実験、及びシミュレーションによって明らかになった。本発表において重要な点は,シミュレーションが実データの再現に留まらず,新たな実データの予測に繋がった点である。すなわち,ある理論に基づくシミュレーションが新たな仮説の提唱に繋がるという,シミュレーションと実験が相互補完的に機能する点である。

情動覚醒による認知処理の促進という現象を、実験のみならずシミュレーションといった複数のアプローチによって迫る本発表は,フロアからの質問も活発に見られ,有意義な議論が展開された。

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参加者19名
(文責:小林正法)