第12回CAPS研究会 10/4 大西賢治先生(東京大学・学振SPD)・報告

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講演者: 大西 賢治 先生 (東京大学・学振SPD)
日 時: 2016年10月4日(火) 16:50~18:20 (延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館304号教室

タイトル:ヒトに至る霊長類の利他性の進化

要旨:
ヒトが血縁関係にない個体間で形成する利他行動のネットワークは動物界でも特異的に広く、利他行動を向ける相手はよく知らない他人にまで及ぶ。近年、ヒトという種の進化にとって、協力関係の構築・維持が重要な役割を果たしたと考えられている。
本発表ではまず、利他性や協力行動の進化を可能にする仕組みについて概観し、サル・類人猿・ヒトにおいて、利他・協力関係の構築・維持にどのような仕組みが働いているのかを概観する。その後、ニホンザルを対象とした発表者の研究から、単純な利他行動の交換や協力行動がどのように行われているのか、また、それらが働くための基盤や条件はどのようなものかについて考察を行う。さらに、ヒト幼児を対象に行った発表者の資源分配実験・自然場面の観察結果を紹介し、ヒトにおいて広くみられる他者評価や評判に基づく利他行動の交換の仕組みがヒト幼児においてどのように働いているのかを考察する。最後に、これらの知見を総合し、ヒトに至る霊長類の利他性の進化についてその基盤や条件を総合的に考察したい

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方が事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため<真田>(msanada@kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

報告:

本研究会では大西賢治先生から、我々人間がどのように利他行動を獲得したのか、その進化的基盤についてご講演いただいた。

人間は、「相手を助ける」といった利他行動をみせるが、その範囲や規模は他の動物に比べて飛びぬけている。利他行動とは、行為者がコストを支払い被行為者に対して利益を与える行動と定義されるため、非血縁個体間での進化が難しい。シミュレーションを用いた研究によって、利他行動が進化するためには、直接互恵性・評価型間接互恵性・一般互恵性といった仕組みが成立・維持されている必要があると考えられている。

直接互恵性とは、二個体が利他行動を交換しあうことによって、単独で得る利益よりも大きな利益を得る仕組みである。直接互恵性は様々な動物種で成立が確認されており、人間においても3~4歳という早い時期からその仕組みを維持していることが確認されている。このように、広い種において直接互恵性が確認され、人間においても初期から成立していることなどを考慮すると、直接互恵性を可能にするメカニズムとして、「全てのやり取りを詳細に記憶している」というよりも、「情動を介して自分に対して利他行動を行ってくれた相手を好ましい相手として記憶する」ような仕組みが働いている可能性が考えられる。このように情動を介した単純なメカニズムが働いているならば、内分泌系などの生理的な基盤が互恵性の維持に重要な役割を担っている可能性が高かった。大西先生は、ご自身の研究から、ニホンザルの利他行動を行う量や範囲、また直接互恵性の成立度合いには、オキシトシン受容体の生成に関わる遺伝子(OXTR)の多型や、オキシトシンが関わるという発見についてご報告いただいた。オキシトシンは、人間を含む多くの動物種において養育・社会行動を支えるホルモンとして注目を浴びており、その遺伝的基盤の解明について今後の研究が待たれる。

次に、評価型間接互恵性とは、例えば「A・B・Cの三個体がいて、AがBに利他行動を行った場合、CがAとBのやり取りを評価して、後に選択的にAに利他行動を行う」といった仕組みである。人間は乳児期から他者の行動の評価を行う能力を備えていることが分かっており、幼児期から評価型間接互恵性に基づく利他行動の交換を行っているが、人間以外の動物種では間接互恵性をもつという報告がとても少ない。他者の行動を評価するには高度な認知能力が必要とも考えられ、この評価型間接互恵性が人間の利他性を説明する上で有力な仕組みかもしれない。人間がどのような認知プロセスを用いて間接互恵性を維持しているのか、また動物でも他者評価の能力自体は備わっているが何らかの要因で行動表出が抑制されているのか、といった点が今後の課題である。また大西先生ご自身の研究から、5から6歳児の人間ではこの評価型間接互恵性を成立させるためのルールをある程度把握しているというご報告をいただいた。

最後に、一般互恵性とは、自分が他者から利他行動を受けたときその他者にお返しをするではなく、また別の個体に対して利他的にふるまうといった仕組みである。人間においては、この互恵性はしばしば映画などのテーマとなり、実際にそのように行動することがあることが知られている。しかし、この仕組みは理論的には狭い集団内以外では進化しにくいことが知られており、他の動物種ではラットでしか観察されていない。人間がもつ一般互恵性は、高度な共感性によって情動システムが誤作動を起こすことで成立しているという近年の報告についてもご報告いただいた。

この一連の研究に加えて、近年先生が注目し、実際に観察・研究なさっている淡路島のサル集団についてもご報告もいただいた。淡路島に生息するあるサルの集団は、他のサルに比べて圧倒的に「やさしい」ことが知られている。この淡路島のサルの遺伝子を調べてみると、他のサル集団に比べて攻撃行動・親和的社会性に関連する遺伝子の分布が異なることが分かった。

このように、大西先生は、人間を含む霊長類において利他行動がどのように進化してきたのか、遺伝学・内分泌額・行動観察といった様々な切り口からその解明を進めておられる。こうした一連のご報告は、我々が進めるポジティブ情動の機能解明にとっても極めて示唆に富むものであった。

 

 

参加者:16名
(文責:真田原行)