講演者: 有光興記先生 (駒澤大学)
日 時: 2016年10月15日(土) 10:00~11:30 (延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館104号教室
タイトル:慈悲とマインドフルネス瞑想の臨床感情科学 -臨床試験におけるアセスメントと効果検討方法-
要旨:
コンパッション(compassion)は,苦しんでいる他者に対して,なんとかして助けてあげたいと思う温かい感情です。仏教では,苦しみを持つ他者の幸せを願うことをラビング・カインドネス(loving-kindness)と呼び,コンパッションと合わせて慈悲と呼んでいます。慈悲は,愛の一種ですが恋愛とは異なり,自他の痛みを受け入れる分け隔てのない愛であり,怒りを鎮め,心の平安をもたらすと考えられてきました。近年,慈悲の脳神経学的な機序やウェル・ビーイング,パーソナリティに与える影響が明らかになるにつれ,我々に有益な感情であることが科学的にも分かってきました。
本研究会では,まず仏教の慈悲喜捨(四無量心)の考えを紹介し,そこから発展してきた慈悲に関する感情科学的研究をレビューします。そして,私が取り組んでいるセルフ・コンパッションの個人差に関する研究,持続性うつ病,社交不安症を持つ成人を対象とした慈悲とマインドフルネス瞑想の介入研究も紹介できればと思っています。臨床試験における診断面接やパーソナリティのアセスメントにも触れる予定です。あなたが幸せでありますように。
◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方が事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため<大森>(somori@kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。
報告:
他者の困難や問題を取り除きたいという気持ちであるコンパッション (compassion) は、慈しみ (loving-kindness) とともに慈悲を構成すると言われている。本研究会では最初に、仏教における慈悲喜捨(四無量心)という考え方をはじめ、コンパッションの概念や定義についてお話しいただいた上で、セルフ・コンパッション (self-compassion) に関する個人差や、慈悲の効用に関する研究についてご紹介いただいた。
セルフ・コンパッションは、失敗してもその肯定的・否定的側面の両方を受け入れ、その苦しみが人類に共通していることを認識し、自分に優しくすることができる特性である。この特性の個人差について、自尊感情を統制した上でほかの特性との関連を検討した結果、自己愛や誇大自己とは関連が弱いことから、これらとは別の特性であることが示された。また、抑うつや不安特性とは負の関連が示された一方、主観的幸福感とは正の関連が示された。SEMによる検討を行った研究では、セルフ・コンパッションは肯定的自動思考や否定的自動思考を介して抑うつ傾向を低め、精神的健康を高めることが示された。さらに、セルフ・コンパッションは日米共通で肯定的感情を高めるが、アメリカ人における方がその度合いが大きいこと、日本人においてはセルフ・コンパッションと相互協調的幸福感の間に正の関連がある一方、アメリカ人においては関連が示されないことが明らかになった。
慈悲はその効用についても注目され、研究が行われている。否定的感情の高さにおける介入の効果を比較した結果、セルフ・コンパッションを促進する条件では、合理的思考を促進する条件よりも否定的感情を低めることが明らかになった。また、自己批判の強い大学生や成人に対し、慈悲やマインドフルネス瞑想、思いやりのある自己のイメージワークなどを含んだプログラムによる介入を行った結果、セルフ・コンパッション得点が上昇し3か月後も維持されたほか、否定的自動思考や抑うつ、恥の得点が下がり、その効果が示された。
その他、慈悲の心理的・脳科学的効用のエビデンスを示した様々な研究をご紹介いただいたほか、臨床試験ならではの苦労や工夫などをお話しくださり、大変有益な研究会となった。会場からは、社会的状況の違いによる慈悲の機能や効用についてをはじめ、多くの質問が見られ、活発な意見交換が行われた。
参加者25名
(文責:植田瑞穂)