講演者: 伊藤友一先生（慶應義塾大学・研究員）
日 時: 2016年12月13日（火） 16:50～18:20 （延長する場合があります）
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館304号教室
タイトル：未来の事象を思い描く認知機能を支える記憶システム
要旨：
人間は，自分が将来経験する出来事について，今まさに経験しているかのように頭のなかでシミュレートすることができます。そのような認知機能は，エピソード的未来思考と呼ばれており，人間の生存にとって極めて重要な能力であると考えられています。例えば，災害に遭遇した場面を予め想像することによって，日頃どのような備えが必要なのかを考えることができるでしょう。一方，ある程度具体的なイメージができなければ，必要な備えを怠り，いざというときに対応し損ねるような事態に繋がりかねません。この能力は，エピソード記憶機能の低下に伴い，同様に機能低下することが健忘症患者の報告などから知られています。本研究会では，記憶研究の観点から，人間がいかにして未来の事象についてのイメージを構築しているのか，そのメカニズムについて紹介します。また，未来思考と抑うつや不安傾向といった個人差との関係性を考慮し，臨床的な展開の可能性についても議論したいと考えています。
◯参加に際し，文学部・総合心理科学，文学研究科・総合心理科学専攻の方が事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は，お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため<小林>（mkobayashi[at]kwansei.ac.jp）までご一報いただけると幸いです（必須ではありません）。
報告：
約16分に1回の頻度で未来のことを考えていると言われるように，ヒトの思考内容は未来に関する事柄にバイアスされている。このことは，将来の意思決定やプラニングのためなど，適応的側面を反映したものと考えられる。このような，未来についての思考は未来思考と呼ばれ，特に，文脈特定的な未来の出来事についての思考をエピソード的未来思考(episodic future thinking)という。エピソード的未来思考は，時間・空間が特定された，個人が経験する，実際に起こりうることに関する思考として定義される。未来について考えることは，将来起こりうる出来事に対応するという点から，ヒトの生存に重要な機能であるとされる。これまでの研究から，実際にエピソード的未来思考を行うことは，展望記憶成績の向上，意思決定，問題解決に影響することが明らかになっている。
このような，エピソード的未来思考は未来の出来事を構成するという点で，過去の出来事を再構成するエピソード記憶と類似した特徴を持つ。神経科学研究から，エピソード的未来思考は，エピソード記憶と共通した神経基盤を持つことも報告されている。また，意味記憶とエピソード記憶を検索し，それらを新たな未来の事象のイメージとして統合することがエピソード的未来思考のメカニズムとして提案されている。しかしながら，そのメカニズムの詳細な検討は行われていない。そこで，本研究では，統合における実行機能の役割，検索過程の詳細，そして意味記憶の役割，の3点を検討し，エピソード的未来思考のメカニズムの解明を行なった。
一連の実験から，エピソード的未来思考においては，実行機能が統合に関与しており，実行機能を阻害した場合にエピソード的未来思考の詳細さが低下することが明らかになった。また，エピソード的未来思考を行うと，思考した出来事の後に起きる出来事に関する情報が自発的に検索されることも示された。さらに，エピソード的未来思考における意味記憶の役割を解明するため，ニューラルネットワークモデルを用いたコンピュータシミュレーションを実施した。意味記憶に障害が見られる意味認知症(semantic dementia)をシミュレートし，エピソード的未来思考における意味記憶の役割を調べたところ，意味記憶が文脈の一貫性を支えていることが明らかになり，意味記憶を基に文脈を構成することがエピソード未来思考には重要であることが示された。加えて，未来思考の感情価と個人差について，脳波を用いた研究もしている。その結果，社会不安傾向の高い個人は未来と関連した刺激，うつ傾向の高い個人は過去と関連した刺激に対して強い反応を示すこと，思考内容の感情価は具体的な思考をする前におよそ決定されていることが明らかになった。
このように一連の研究を通して，エピソード的未来思考に関して，メカニズムという基礎的な面だけでなく，感情価，個人差という応用的な面からもアプローチされた成果をご発表いただいた。フロアとの活発な議論も行われ，盛会にて終了した。
（文責:小林正法）
参加者20名
